コラム

人はつながっている(第2回) ~物理学と健康の不思議な関係~


2.「ティッピングポイント」を超える

 アメリカはニューヨーク州に位置するレンセラー工科大学は、理系の大学として、世界的にも古い歴史をもつ大学です。明治初期には、日本からも多くの留学生が鉄道技術を学び、日本の鉄道建設に貢献したことで知られています。

 そのような歴史あるレンセラー工科大学で物理や数学、コンピュータ科学を研究するシエらの研究チームは、「世論の形成に小集団が及ぼす影響(Social consensus through the influence of committed minorities)」と題された論文を発表しました(J. Xieら、2011)。

論文のタイトルだけでは分かりにくいのですが、シエらの研究を一言でいうと、「世の中で大勢を占める意見を、一気に変えるためにはどうしたらよいのか?」という、壮大なるテーマに挑んだものです。

研究チームは、物理的なシュミレーションを繰り返し行い、驚くべき結論を導き出しました。曰く、

「少数意見であっても、社会全体でその数が10%を超えると、一気に広がる可能性がある」

つまり、世間の常識にチャレンジして、周りの人に影響を与え続ける人の割合が社会全体の中で10%を超えると、一気に変化が訪れることが示されたわけです。

ちなみにこの「10%」という数字は、ビジネスの世界では「ティッピングポイント」として経験的に知られている数字です。世の中に数ある大ヒット商品やサービスの普及過程をみると、ある一定の普及率を乗り越えると、せきを切ったように社会全体に流行することがあります。この一定の普及率は「ティッピングポイント」と呼ばれ、商品やサービスによって異なりますが、一般に10%程度と言われています。言い換えると、ある商品やサービスは、社会の中で10%を超えて普及すると、爆発的に流行する可能性があるということです。

 私はこの「10%」という数字を見た時に、とても救われる想いがしました。世の中には色々な人がいるので、全ての人を一人ひとり説得していこうと思ったら、それはそれは大変な作業になります。そのような気の遠くなるようなことをせずとも、まずは身の回りにいる人のたった1割だけにでも影響を与えることができれば、それは結果として大きな変化につながる可能性がある、と科学的にも言われ始めているのです。

 さきに登場した、ジェームズ・リンド医師も、「本」という手段で研究成果を浅く広く世に問うのではなく、まずは身の回りの人と成果を共有することから始めていれば、壊血病との戦いにもっと早く終止符がうたれていたかもしれません。